
正式には鹿児島城と呼ばれるべきなのですが、鹿児島の人は一般的に鶴丸城と呼びます。屋形の造りの形状が鶴が羽根を広げた姿に似ていたからと言われているから、とされています(注1)。私の卒業した高校も鶴丸という名前です。
熊本城などと比べると小さくて、大したことないな、と感じられるのですが、当時の島津藩はハードではなくソフトに力を入れていたようで、この鶴丸城についても「薩摩は城をもって城とせず、人をもって城となす」と言っていたそうです。確かにそれは、今でも通じる言葉のように思います。この時期、ハスの花がきれいに咲いています。レンコンもとれるはずですが(笑)。
なお、スケッチ風景も画像添付しました。
(注1)鹿児島県立図書館の http://www.library.pref.kagoshima.jp/honkan/files/2011/11/%E3%80%8E%E5%8F%B2%E6%96%99%E3%81%AB%E8%A6%8B%E3%82%8B%E9%B6%B4%E4%B8%B8%E5%9F%8E%E3%80%8F%E5%B1%95%E7%A4%BA%E5%86%85%E5%AE%B9.pdfを参照ください。